岸信介のDNA | 日月抄ー読書雑感

岸信介のDNA

自民党総裁選挙も福田氏の辞退で、安倍信三氏が独走であることを各紙が報じている。その安倍さんが23日の横浜市の講演会で靖国参拝について「サンフランシスコ平和条約を受け入れたから参拝すべきではないというのは飛躍した議論ある意味でとんちんかん」だと述べ、東京裁判を受諾するとした同上第11条に関して「国際法で平和条約が結ばれたら戦争裁判の判決や刑は無効だ。日本が勝手に戦犯を釈放できないようにするために書いたもので独立のためにやむを得ない決断だった」と語っている。

平和条約11条は「日本国は極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の判決を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものである」と規定している。いわば日本政府はすべての戦争犯罪の判決を承認し刑の執行の義務を負うことになったのである。よく勝者中心の極東軍事裁判批判であり、それなりの正当性があること知っているが、「戦争裁判の判決や刑は無効である」とは恐れ入った。

確かに戦争犯罪は個人の刑法的責任を問うものである。しかし法律で処罰できない責任もあるはずである。政治的責任や道義的責任もある。いわゆる「戦争責任」は関係した者が負わなければならない。私もこれを安易に靖国問題に結びつけて考えるのは飛躍があるとは思うが、日本の戦後の歴史を一部分だけを切っての発言に危惧の念を覚える。実際には条約締結後、戦犯釈放運動が起こり、世界の冷戦構造を背景に連合国側も日本を西側陣営にひきつけておくために、日本政府の要求に応じ戦犯釈放を行っている事実も忘れては「なるまい。

安倍さんの祖父岸信介(元首相)は東条内閣時代の商工相として対米開戦に副署し、戦争遂行に協力したとしてA級戦犯容疑者として逮捕され、巣鴨で獄中生活を送っている。ところが東京裁判には批判的で、今次戦争における日本側の「正当防衛」を主張したという。そしてこの裁判は国際法によって戦争犯罪を裁くのでなく政治的報復であると批判し、国際法上の戦争裁判は「戦争の法規また慣例の違反」に限られるという弁護側の主張を支持したといわれている。東京裁判の不平等をついていることも事実であるが、今回の安倍さんの考えと類似していることに驚く。これもDNAのなせるワザか?

原彬久著  岸信介ー権勢の政治家ー  岩波新書   1995年1月刊