ファーブル昆虫記発刊に寄せて | 日月抄ー読書雑感

ファーブル昆虫記発刊に寄せて

集英社創業80周年記念企画として奥本大三郎の完訳のファ-ブル昆虫記 、全20冊が11月から順次出版されることになった。ファーブル昆虫記の邦訳の最初は大正時代の無政府主義者大杉栄であるが、完訳版は岩波版で山田吉彦・林達夫訳が昭和25年(1950)岩波文庫として全10巻刊行されている。

山田は前年に「ファーブル記 」(岩波新書)を著し、山村の農家に生まれたアンリ・ファーブルの,93年に及ぶ生涯を描き、彼の学問はほとんど独学であったが,貧窮や困難と戦いつつ切り開き古典的名著『昆虫記』を残したことを紹介している。これから判断して山田吉彦が日本におけるファーブルの紹介者であったことが分かる。

しかし、日本ではファーブルはすごく有名であるが、フランスでは殆ど知られていないようだ。英語の本でファーブルの本を探そうとしてもオックスフォード大学の「世界人名辞典」には彼の名前はなく、彼が独学のせいもあるが他の国では科学者と思われていない節がある。

そのようなファーブルに目を向けた山田吉彦も面白い人生を送っている。実は彼は戦後「きだみのる」のペンネームで日本各地を放浪し、「部落」の生活を通して日本人の本質を探つたルポルタージュ『氣違ひ部落周游紀行』を發表したことでも知られている。

彼の晩年は永井荷風の農村版のような放浪生活を送り、その肩書きは「放浪作家」になっている。彼が連れてきた未就学の子供を預かって育てたのが岩手在住の教師で、後に作家になった三好京三である。三好はそのいきさつを「子育てごっこ」の題名で小説を発表し直木賞を受賞している。その単行本の後半に「親もどき 小説きだみのる」ではその奇行ぶりにあきれながら書いている。きだみのるは、山田吉彦としてパリに留学中にファーブルの生き方に共鳴し、もともとは社会学者なのに、科学と文学の最高の結合を示す古典的名著『昆虫記』を訳したものと思われる。

フランス文学者であり、昆虫研究者の奥本大三郎訳の「ファーブル昆虫記」は多くの資料の詳細なイラストを掲載。昆虫写真家・海野和男、今森光彦の貴重な写真も加え、ヴィジュアルも充実。詳細な脚注・訳注で昆虫の世界とともに、当時の風俗や時代背景もわかりやすく解説。ファーブル以降100年の最新昆虫学の成果もフォローされているという。

アンリ・ファ-ブル ;奥本大三郎 完訳 ファ-ブル昆虫記 集英社 2005年11月より順次刊行